コロナウイルスで思い出す後藤新平の125年前の「大検疫」

 

コロナウイルスが世界で猛威を奮ってます、
北海道の鈴木知事が非常事態宣言を出された時は驚いた人もいるでしょう。
鈴木知事

 

新型肺炎で思い出す後藤新平の125年前の「大検疫」
後藤新平

 

山岡淳一郎(作家)が2/14(金) 11:33配信 された記事

 

ここから全て記載

 

【医療の裏側】125年前の大検疫が日本の医療革新の転機だった

 

 新型コロナウイルスが猛威をふるっている。2月11日現在、中国本土での死者は1000人を、感染患者数は4万人を突破した。武漢では1000人の患者の受け入れ可能な病院が10日間の突貫工事で建てられたが、焼け石に水で医療体制が追いつかない状況だ。

 

 感染症を抑えこむのは並大抵のことではない。突貫工事で病院が建設されている映像を見て、ふと、日本の伝染病対策史に金字塔のようにそびえる「大検疫事業」を思い出した。

 

 いまから125年前、日清戦争が終わり、コレラやチフスが荒れ狂う中国大陸から帰還する兵士23万人余をわずか3カ月あまりで検疫した壮大な水際作戦だ。

 

 当時、コレラは、コッホによるコレラ菌発見から日も浅く、「死病」と恐れられていた。明治時代のコレラによる日本人の死者総数は37万人に上り、日清・日露の戦争による死者(約13万1500人)の3倍ちかくだ。明治末年の日本の全人口が2800万人程度だから、いかにコレラ禍が凄まじかったかおわかりいだけるだろう。

 

 そのコレラを防ぐために帰還兵23万人余の大検疫を行った人物こそ、医師にして臨時陸軍検疫部事務官長・後藤新平(1857〜1929)であった。後藤に課せられた任務は「速やかに検疫遂行せよ」。しかしながら世界中の近代国家で、これほど大規模な軍隊の帰還を経験したところは過去になかった。手本はない。前代未聞の水際作戦に後藤は挑むことになる。

 

 そもそも検疫業務は、凱旋兵を乗せた輸送船が沖合に見えたところから始まる。沖に停めた船に検査官が乗り込み、感染症患者や死者の有無を「臨検」する。患者は運搬船で「避病院(隔離病舎)」、遺体は屍室に送り、船内の消毒を行う。患者の所持品は、「消毒」「焼却」の目録を作らせて分類。焼却物は値段を定めたうえで処分し、あとで補償をする。臨検が終わると人員荷物の陸揚げに移る。

 

 健康な兵員は艀(はしけ)で本船から島の検疫所に送られ、すぐに沐浴で身体を消毒する。入浴中に衣類や携行品は蒸気消毒汽缶(大ボイラー)で熱気消毒、もしくは薬品消毒に回される。入浴時間は20分程度。原則的に健康体で物品消毒が終われば、検疫所を出て帰還を許されるが、輸送船内に一人でも感染者がいたら、一時的に「停留舎」に入る。

 

 停留の日数は5日。その間に発病者が出れば、避病院に隔離し、他の者も4日間停留が延長される。これらの検疫にかかわる医官や下士官、兵卒は常に自身が感染しないよう細心の注意を払い、消毒をくり返す。

 

 おそらく、現代の感染症の検疫作業も基本的な流れは同じだろう。

 

 後藤は、一連の検疫チャートを脳裏に描き、壮大な施設を瀬戸内海の3つの島に夜を日に継いで建設させる。広島沖の「似島(にのしま)」の敷地2万3000坪には消毒部14棟、停留舎24棟、避病院16棟、さらに事務所、兵舎、炊事場、トイレなど139棟を建てる。下関にちかい「彦島」は全153棟、大阪近郊の「桜島」は109棟。建設に与えられた期間は、わずか3か月だった。後藤の女婿、鶴見祐輔は『後藤新平』にこう記している。

 

 「その間、海を埋め、樹を切り払い、地ならしをし、家を建て、屋根を葺き、諸道具一切を運びこみ、電信、電話、電灯の設備をなし、(略)まったく類例なき大消毒缶を製造して備えつけるというのだから、まさに太閤の一夜城にも比すべき大工事であった」

 

 後藤は、修羅場の陣頭指揮を振るい、気がつけば43日間連続して寝床に入っていなかったという。感染症の最前線は死にもの狂いだ。「もう一つの戦争」といわれるゆえんである。

 

 後藤はハードの整備のみならず、ソフトの「人使い」でも傑出していた。陸軍の検疫事業でありながら、森林太郎(鴎外・1862〜1922)ら思考が硬直した東大閥の軍医ではなく、コッホの薫陶を受けた北里柴三郎に消毒汽缶の効能試験を依頼している。

 

 森と北里は犬猿の仲だ。森が脚気の原因を「細菌」と主張し続けたのに対し、北里は海軍の軍医総監・高木兼寛の「ビタミンB不足」説を推した。すると森は北里を手厳しく非難する文章を発表した。北里は「学問にうとい者が学問を人情とすりかえてごまかすのはいかがかと思う」と痛烈にやり返す。海軍が麦飯を取り入れて脚気の死者を防いだのに対し、陸軍は対応が遅れ、大勢の兵隊が脚気で命を落としている。

 

 後藤は、軍部と衝突しながら権威主義的な軍医を遠ざけ、北里に協力を求めた。北里は炭疽菌の芽胞系を汽缶のなかに差し込んで消毒効果を確かめる。準備は整った。

 

 ここで後藤は、大PR作戦を敢行する。いつの時代も感染症関係の建物は「迷惑施設」とみられがちだ。後藤が整備した施設に対しても、世間では予算が過大、凱旋兵を迎える作法ではない、運輸や通信上の支障をきたすと批判が高まった。検疫を軽んじる風潮も強かった。

 

 そこで、後藤は、オープンの前日、似島検疫所を一般公開してしまう。招待状を送付しておいた人たちを宇品港から4キロ沖合の似島まで、小汽船と艀でひっきりなしに送り届け、内部を案内する。ボイラーも試運転し、その効用や消毒の安全性を解説。地元の名士を「ビール菓子」でもてなした。スタッフの予行演習も兼ねていた。

 

 「おおーっ大したもんじゃ。これでコレラも心配ないわい」と参加者は驚嘆する。

 

 1日で1800人が見学。世間の偏見も幾分、解消されたのだった。

 

 ほぼ3か月で大検疫事業は終わった。その間に検疫を通過した帰還兵の数は23万2346人、検疫船舶数687隻、そのうち患者を乗せてきた船258隻。真性コレラの患者は369人、疑似コレラ313人、腸チフス126人……と記録が残っている。

 

 この年、日本のコレラ患者数は5万5144人で、4万154人が亡くなっている。やはり日清戦争がコレラを流行らせたようだ。ただ、この5年前には平時でありながら3万5227人がコレラで亡くなっており、もしも大検疫事業が実施されていなかったら、死者数はどこまで増えていたか想像もつかない。翌年からコレラ死者数は数百人台に激減している。

 

 大検疫事業を完遂した後藤は、水際作戦の限界を知った。根本的に病原菌の蔓延を防ぐには、街の衛生環境、上下水道や道路、家屋の設計などが重要だと思い至り、都市づくりへとのめり込んでいく。医療保険の大切さも力説し、「国民皆保険」への布石を打った。

 

 さて、現代の新型コロナウィルス対策の苦闘は、医療政策をどう変革させていくだろうか。後藤のような「国手」はどこかに必ずいるはずだ。

 

観光業からサービス業全ての分野で影響が出てきてます、かなり厳しく店では締めているとこも多く、これから先が思いやられます。

 

新型コロナウイルスはなぜ発生したのか、いつ収まるのか『感染症の世界史』著者、石弘之さんインタビューを記載

 

2019 年末に初めて確認された新型コロナウイルスの感染者が、増加の一途をたどっています。医学が発達し、衛生面でも格段に向上した現代社会でなぜ、これほどまでに拡大するのでしょうか。『感染症の世界史』の著者、石弘之さんに緊急でお話をうかがいました

風邪の原因でもある実は身近なコロナウイルス

――最初に石さんの紹介をしたいと思います。新型コロナウイルスのニュースが増えていますが、石さんと感染症のかかわりは深いものがあります。『感染症の世界史』のあとがきを読んだときの衝撃は忘れられません。

 

 人間ドックで書類をわたされて、検診の前にさまざまな質問の回答を記入せよという。面倒な書類なのでいい加減に欄を埋めて提出したら、若い看護師さんから「既往歴をしっかり記入してください」とたしなめられた。
 しかたがないので「マラリア四回、コレラ、デング熱、アメーバ赤痢(せきり)、リーシマニア症、ダニ発疹熱各一回、原因不明の高熱と下痢数回……」と記入して提出したら、「忙しいんですからふざけないでください」と、また叱られた。(『感染症の世界史』のあとがきより)

 

石:ははは。アフリカやアマゾン、中国、ボルネオ島などで長く働いていたので、さまざまな熱帯病や感染症の洗礼を受けました。

 

 私はもともと環境が専門です。「なぜ環境史研究者が感染症の本を書いたの?」と聞かれることがよくありますが、感染症は環境の変化から流行するというのが持論です。西アフリカのエボラ出血熱の大流行は熱帯林の破壊が原因であり、マラリアやデング熱などの熱帯病は温暖化で広がっています。

 

 今回の新型コロナウイルスに関していえば、人間がこれほどの過密社会をつくらなければ、彼らも流行を広げられなかったでしょうね。

 

――その新型コロナウイルスですが、感染経路が不明の感染者が日本国内でも確認されました。

 

石:感染症は、動物の体内にいたウイルスが一番初めにうつった「ゼロ号患者」から家族や職場や医師などの周辺者、さらに通勤電車や病院内などでの偶発的な感染者を経て、市中感染、アウトブレイク(感染爆発)へと発展していきます。

 

 今は市中感染がはじまった段階ではないでしょうか( 2 月中旬)。ということは、無症状の感染者やインフルエンザなどと混同された人が、感染を広げている可能性は高いと思います。

 

――そもそも「コロナウイルス」とはどういったものですか。

 

石:コロナウイルスはごくありふれたウイルスです。風邪の原因ウイルスは数種類ありますが、私たちが日常的にかかる風邪の 10 〜 15 %は、コロナウイルスによって引き起こされています。

 

 コロナウイルスが最初に発見されたのは 60 年ほど前のことです。風邪の患者の鼻から見つかりました。ただコロナウイルスの歴史は非常に長く、遺伝子の変異から先祖を探ると、共通祖先は紀元前 8000 年ごろに出現していたようです。以来、姿を変えてコウモリや鳥などさまざまな動物の体に潜りこんで、子孫を残してきました。

 

――風邪を引き起こすほど身近なのに、命を奪うほど凶暴なものもいるとは……。

 

石:コロナウイルスの仲間による感染症は、ヒトに感染してカゼの症状を引き起こす 4 種類と、新型コロナウイルスのように動物を経由して重症肺炎の原因になる 2 種類の計 6 種が知られています。

 

 感染者を死に至らしめる可能性のあるコロナウイルスはこれまでに 3 回出現し、パンデミック(世界的流行)引き起こしています。最初は 2003 年のSARS(重症急性呼吸器症候群)、次が 2012 年のMERS(中東呼吸器症候群)、そして今回です。ウイルスが世代交代を繰り返しているうちに、突然変異が蓄積して重篤な症状を起こすように変異したのでしょう。
ヒトは微生物に 1 勝 9 敗

 

――石さんはご著書『感染症の世界史』のなかで次のように警告していました。

 

 人間の社会の変化のすきをついて侵入してくる病原体は、それぞれ異なった場所や時期に根を下ろし、その後は人間同士の接触を通じて新たな地域に広がっていく。もしかしたら、第二、第三のSARSや西ナイル熱がすでに忍び寄って、人に侵入しようと変異を繰り返しているかもしれない。(『感染症の世界史』より)

 

石:ウイルスの唯一の目的は「子孫を残すこと」につきます。地上最強の地位に上り詰めた人類にとって、唯一の天敵が病原性の微生物です。約 20 万年前にアフリカで誕生した私たちの祖先は、数多くの病原体と戦いながら地球のすみずみに広がっていきましたが、とくにウイルスは強敵でした。知られないままに、多くの地域集団が全滅させられたことでしょう。人類の歴史は 20 万年ですが、微生物は 40 億年を生き抜いてきた強者です。

 

――うーん、ウイルスが強敵といわれても想像がつきません。

 

石:これまで 1勝 9 敗ぐらいでヒト側の負けが込んでいるのですよ。勝ったのは 1977 年以来発病者が出ていない天然痘と、ほぼ根絶寸前まで追い込んだポリオぐらいでしょう。

 

 たとえば、1918 〜 19 年の「スペインかぜ」の世界的流行では 3000 万〜 4000 万人が亡くなりました。近年の再検討では、8000 万人以上ともいわれています。以前も述べたと思いますが( https://kadobun.jp/feature/interview/80.html )、とくに第 1 次世界大戦の戦場になった欧州の流行は激烈をきわめ、大戦の終結が早まったほどです。

 

 その後も、1957 年の「アジアかぜ」、1968 〜 69 年の「香港かぜ」、どちらも 100 万人以上が亡くなっています。

 

 アメリカでは現在、インフルエンザが大流行していて、アメリカ疾病対策センターは、少なく見積もっても 2600 万人が感染し、死者は少なくとも 1 万 4000 人と発表しています。( 2 月 19 日CNNニュース)。日本でもインフルエンザで、毎年、数千人が命を落としていますし、はしかや風しんの流行も止められません。

 

――ウイルスに意識を向けたことがないので気付きませんでした。

 

石:ヒトと微生物の戦いは、まさに「軍拡競争」です。ヒト側がワクチン、新薬などを繰り出せばウイルス側は変幻自在に変異して、せっかく獲得したヒトの免疫をかいくぐり、薬剤に耐性をもつウイルスで攻めてきます。

 

 現在、世界中でウイルスの検査法の開発やワクチンづくりが行われていますが、できあがったころには、ウイルスの方はさらに進化して、ワクチンが効かなくなっているかもしれません。

 

――今後も、今回の新型コロナウイルスのような新型の感染症は登場しますか。

 

石:ヒトと微生物の戦いは未来永劫つづくものだということは、『感染症の世界史』をお読みいただければ、その理由がわかると思います。

 

 私たちは、過去に繰り返されてきた感染症の大流行から生き残った「幸運な先祖」をもつ子孫であり、その上、上下水道の整備、医学の発達、医療施設や制度の普及、栄養の向上など、さまざまな対抗手段によって感染症と戦ってきました。それでも感染症がなくなることはありません。

 

 私たちが忘れていたのは、ウイルスも 40 億年前からずっと途切れずにつづいてきた「幸運な先祖」の子孫ということです。しぶとく生き残ってきたヤツらなのです。
ウイルスは普段、どこにいるの?

 

――ところで 40 億年も生き抜いてきたウイルスたちは、普段はどこにいるのですか。

 

石:多くのウイルスは、野生動物、家畜、そして人の体の中に潜んでいます。たとえばオオコウモリからは 58 種類のウイルスが発見されていて、「病原体製造器」といわれています。

 

 全体の数は明らかになっていませんが、既知の脊椎動物 6 万 2000 種がこれぐらいのウイルスをもっていると仮定すると、少なくとも 360 万種ものウイルスがいることになります。

 

 ウイルスは、ありとあらゆる生き物に入り込んでいます。近年、ほかのウイルスに感染するウイルスも見つかっています。むろん、人間に悪さをするのはごく一部ですが。

 

――では、新型コロナウイルスは、どこにいたのでしょうか。

 

石:キクガシラコウモリが持っていたウイルスの疑いが強いです。このコウモリは日本にも生息しています。それがほかの動物を経由して人に感染しました。ゲッシ類、タヌキ、ヘビ、アカゲザル、犬猫などからも同じウイルスが分離されており、仲介役はまだわかりません。
コウモリ

 

耳が大きく顔が特徴的なキクガシラコウモリ

 

――新型コロナウイルスは中国の武漢で発生しました。ご著書の中では、今後の感染症について次のように警告していました。春節で多くの人が移動することにも言及しています。

 

 今後の人類と感染症の戦いを予想する上で、もっとも激戦が予想されるのがお隣の中国と、人類発祥地で多くの感染症の生まれ故郷でもあるアフリカであろう。いずれも公衆衛生上の深刻な問題を抱えている。
 とくに、中国はこれまでも、何度となく世界を巻き込んだパンデミックの震源地になってきた。
(『感染症の世界史』より)

 

石:中国では生きた野生動物を買って食べる、という食文化があります。先ほど申し上げたように、動物の中には膨大な未知のウイルスがいます。

 

 私も中国に滞在していたときにこんな経験があります。広州の地方のレストランに一人で入ったのですが、メニューがなく、まごまごしていると、お店の人がキッチンに連れて行ってくれました。好きな食材を選べと、手真似でいうのです。そこはまるでペットショップさながらに、タヌキやハクビシン、ヘビやカメ、クジャクなど、さまざまな動物が小さな檻に入れられて並んでいました。なんとかバケツのなかの魚を見つけて、難を逃れました。大きな町の市場に行けば、おどろくほど多くの野生生物が売られています。

 

――中国政府は今回の新型コロナウイルスの感染拡大をうけて、スーパーなどでの売買を全面的に禁止しました。各地の野生動物の市場は次々に閉鎖されたそうです( 2 月 17 日朝日新聞)。

 

石:トップダウンですから動きは速いですね。とはいえ、額面通りには受け取れません。中国には、「上に政策あれば、下に対策あり」という言葉があります。お上が厳しく締め付けても、人々はしたたかに対策を立てているという意味です。

 

――食文化なのでむずかしいですね。日本の捕鯨も世界からさんざん非難されましたが、「わかりました、やめます」とはならず、逆に 2019 年 6 月に国際捕鯨員会から脱退してしまいました。韓国も国際的な批判を浴びた犬肉料理があり、レストランは減ったようですが、なくなってはいません。

 

石:私たちの国の近くにまったく違う食文化をもった国があるということを、認識しなくてはならないでしょう。衛生意識を高めることが必要なのは事実ですが、非難するだけでは解決しません。

 

――中国人への差別も心配です。

 

石:感染症には差別の問題がつきまといます。14 世紀にヨーロッパで大流行したペストのときは、ヨーロッパの全人口の 30 〜 60 %が死亡したと推定されます。このときには、ユダヤ人が病気を起こしたというデマが流れて、各地でユダヤ人が虐殺されまました。

 

 1918 年のスペインかぜのときも、世界中で感染者に対するひどい差別が起きました。アメリカでは、自警団が町を封鎖して銃撃戦までありました。

 

日本でもハンセン病患者を隔離する法律、「らい予防法」が 1996 年まで放置されていたことを思い出してください。これは国家主導の差別といえます。

 

 今回の新型コロナウイルスのことでいえば、私の家族が現在、ヨーロッパで働いているのですが、中国人と間違えられた日本人が、道を歩いていて水をかけられたり、いいがかりをつけられるといった不愉快な事件がすでに起きているそうです。

 

 感染力の強い感染症はだれでも怖いです。過剰反応を起こして偏見や差別をばらまいたり、愉快犯的に怪情報を流す人が出てくるのは避けられません。政府は「理性的に行動を」と訴えていますが、ダイヤモンド・プリンセス号の対応のように、対策はふらついて後手後手に回っています。これでは疑心暗鬼に拍車をかけてしまいます。

 

 さらに今はSNSがあります。これは便利な反面、デマを流す凶器ともいえます。周りをたしなめ、無責任な情報が来たら自分の段階でシャットアウトすることが最低限のモラルでしょう。
どこまで感染は広がるのか

 

――今後、ヒトvs.ウイルスの戦いはどんな展開になるのでしょうか。

 

石:微生物にとってヒトの体内は温度が一定で、栄養分も豊富な恵まれ環境です。彼らはここから追い出されたくないでしょう。両者の関係は次の 4 つのいずれかの結末に落ち着くと考えます。

 

――この類型は、人間の戦争と変わりませんね。新型コロナウイルスはどうやって収束していくと考えますか。

 

石:今回のウイルスの致死率は数%ほどと見られています。大流行を引き起こしたほかの感染症に比べれば毒性は低めです。ただ低いだけに、感染力は強力です。感染しても発症せず、本人が気づかないまま広げていることも考えられます。

 

今後ですが、ウイルスにかかった人は体内に免疫ができますから、免疫を持った人が増えれば、感染のスピードは弱まると予想されています。

 

 参考になりそうなのが、遺伝子を 80 %共有するSARSの先例です。2002 年 11 月 16 日の中国の症例に始まり、台湾の症例を最後に 2003 年 7 月 5 日にWHOが終息宣言しました。流行期間は約 170 日間でした。専門家の間では、夏前にはピークを迎え、徐々に落ち着くのでは、という期待があります。オリンピックまでには何とかしてほしい、というのが多くの国民の願いでしょうか。

 

――ワクチンはまだできないのでしょうか。

 

石:さまざまな製薬会社がワクチンの開発に着手したようですが、そう簡単ではないでしょう。WHOのテドロス事務局長は、2 月 11 日、ワクチン開発には 18 か月を要すると見通しを発表しています。

 

――今後の流行をどうみていますか。

 

石:感染症の拡大パターンについては、さまざまなシミュレーションが行われてきました。2 つの予測を紹介しましょう。

 

 新型インフルエンザ流行のときに、国立感染症研究所がつくった感染拡大のシミュレーションがありますが、これには背筋が寒くなりました。

 

 ある男性が新型インフルエンザにかかって電車で出社すると、4 日後には 30 人だった感染者が 6 日後には 700 人、10 日後には 12 万人に広がるという結果でした。むろん、コロナウイルスがこうなるとは限りませんが。

 

 もう一つ、「スモール・ワールド現象」といわれる数学的なシミュレーションがあります。小説の題材になり、TV番組でも取り上げられました。米国の心理学者ミルグラム教授が、米国中部のネブラスカ州の住人 160 人を無作為に選び、東海岸の特定の人物に知り合いを伝って手紙を受け渡せるか、という実験をしました。

 

 その結果、わずか 6 人が介在すれば、まったく知らない人にまで届くことができました。各国の同様の実験でも同じような結果でした。

 

 つまり「人類は 6 人が仲立ちすればすべて知人」ということです。手紙をウイルスに置き換えてみてください。容易ならざる事態であることは理解いただけるでしょう。
書影

 

石弘之『感染症の世界史』(角川ソフィア文庫)

 

 

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